今日、≪ゲルニカ≫を見た。絵を見て泣いたのは初めてだった。
最初の数分は絵の迫力に圧倒されこそしていたものの、画面を占めるモチーフやその表現についてあれやこれや思考を巡らせていた。窓から身を乗り出している若い女性は明かりを持って隣人の様子を確認しにきたのだろう。地に倒れた兵士の手に握られている花が折れた剣よりも薄い色で描かれているのは何故だろう。黒、白、灰色という落ち着いた色調で描かれているのに一目で何か人々を動転させる、とてつもなく悪いが起こったのが分かる。いやむしろこの3色によって爆撃によって何もかも焼け焦げ、灰が舞い散る風景が想起されるのかもしれない———そんなことを考えていた。しかしあれこれ思索しているうちに、心の底から叫びたくなるような、震えずにはいられない何かが込み上げてくるのを無視できなくなった。
私は悔しかった。悔しい。腹が立って仕方ない。虚しい。戦争や爆撃という圧倒的な暴力の前で、祖国が滅茶苦茶に傷つけられているのに、絵を描くことしかできない。俺は絵を描くことしかできないのか、絵なんか描いて何になるんだ、芸術に何ができる———そのようなピカソの心情をふと想像して、何故か自分ごとのように沸々と激しい感情が湧いてきて、気付くと私は涙を流していた。
ピカソは≪ゲルニカ≫を描いている最中に苦悩せずにはいられなかったと思う。戦争という強大な暴力を前に芸術と芸術家に何ができるのかということについて、母国が過酷な状況にある中、万博のために絵の具を沢山使って巨大な絵を描いている自分あり方の是非について、彼の親戚や友人の中にも母国を守るために命を賭して戦う決断をした人がいたかもしれない中で、何故絵を描き続けるのか、自分が描くことが何のためになるのか、もしかしたら、ひょっとしたら——何のためにもならないのではないか、ということについて。迷わない訳がない。ゲルニカの無差別攻撃を知って巨大なキャンバスいっぱいに戦争の惨劇を表すことを決意した人間が、戦地から遠く離れたアトリエで絵を描いている自分の在り方について、ほんの少しも苦悩せずに描くことにだけ没頭することなどできただろうか。不正を働く輩を殺すための銃ではなく絵筆を握っている自分に悩んだり、絵描きとしての存在意義に迷いを感じたりしたのではないかと思う。またゲルニカという街に起こった惨劇と戦争に対する怒りを万博という場で告発するという芸術家としての使命感に突き動かされながらも、「製作の資金を国に寄付した方が母国のためになるのではないか」「そもそも自分も絵など描いてる場合ではなく母国での戦いに加わるべきではないのか」「世界的に名の知れた芸術家である自分ができる役目を≪ゲルニカ≫を描き切ることで果たすべきではないか」など、ピカソ自身が今すべきことに対する煩悶もあったと思う。ひょっとしたら「死の危険がある戦地に行きたくないという臆病さが自分をキャンバスに齧り付かせているのではないか」というぞっとするような弱気に取り憑かれたこともあったかも知れない。≪ゲルニカ≫は、無慈悲な攻撃を受けた母国を持つ1人の人間が、こうして何度にもわたる苦悩や自問自答の末に描き上げた作品なのだと私は思う。ドラ・マールが撮影した写真から分かる構図の変更や完成した画面の上から透けて見える修正の跡には、直接的にとは言えないかもしれないがこのようなピカソの心の揺れも反映されているのではないだろうか。
ゲルニカは間違いなく傑作だ。ガザやキーウでの戦闘が続く現在、そしてもっと先の未来でも色あせない題材——戦争がもたらす理不尽な惨劇、恐怖、怒り、暴力の恐ろしさ、暴力に蹂躙される人々の無力さ——を携えた、永久に人類史に残って多くの人々の目に触れ続けなければならない絵だと思う。
また≪ゲルニカ≫が示すのは戦争の恐ろしさだけではない。この絵は一人の人間の戦争への怒りがきっかけで生まれた作品であるからこそ、「戦争のような凶悪で悲惨な出来事を前に芸術には何ができるのか」という鋭い問いをも投げかけていると思う。大学で美術史を学びアートに携わる仕事を目指す身として、この問いには真剣に向き合わなければならないだろう。すぐには明確な答えが出せないし、一生かかっても要領を得る解答ができないかもしれない。ただ、ピカソが渾身の力で理不尽な暴力に対する強い怒りや恐怖を克明に表した≪ゲルニカ≫が、製作から90年近く経った今もなお1人の異邦人の心を揺さぶる強烈な力を持っていたことは動かしがたい事実である。私は≪ゲルニカ≫が持つ時空を超えて対峙する者を動揺させる性質こそ、芸術の本分なのでは無いかと思う。このような芸術が持つ力をじかに体験したことで、「芸術には何ができるのか」という問いの入り口に立ったように感じた。
中途半端な終わり方かつ所々粗さの目立つ文章であっただろうが、以上が私が≪ゲルニカ≫に抱いた所感だ。時が経過して小綺麗な思い出と化す前に、荒削りでも当日の思いの丈を形にして留めておきたかった。
ここまで拙文を読んでくださった方には心から感謝しています。本物を見て圧倒されて欲しい思いから、写真は敢えて貼りませんでした(現在≪ゲルニカ≫の展示室では写真撮影が許可されています)。私のように≪ゲルニカ≫を実際に見たことがある方の感想も聞いてみたいし、まだ見たことがない方には是非一度は実物を見に行って欲しいと思います。
では、今回はこの辺で。